単独インタビュー第4弾 ロングインタビュー「スコッチ文化研究所代表 土屋 守さんを迎えて(4)」
土屋さん:そうそう。人がやっていない事をやるのが好きだから人がやった事があるのは別にいいのかなと思うのね。それは探検部精神だと思うんだけど。ウイスキーもそうだけど、誰も人がやっていないという事が、もの凄いポイントなのかなと思うのね。その精神は探検部の時に培ったのか、元々そういう性質なのか、だから探検部に入ったのか分からないけれど。とにかく人がやっていないという事が最も肝心な事。それは出来る事ならば、地球上の地図の空白みたいな誰も行っていない未知なるフィールドに自分が行くのが理想だけど、それはそのね、1970年代に俺達は毎日論争したんだけれど、地球上にはそんな所残されているわけがないじゃん、という話になるわけだよ。
K:ええ。
土屋さん:地球上に残されている未知なるものと言ったら、山の高みか深海か、あるいは地球を離れて月へ行くか、こんなものでしか本当の意味での探検はあり得ないと。じゃあ俺達は探検をする存在意義とか活動の意義とかがないのか、と言ったらそれはそうじゃない。でも「自分にとって未知なるもの」と、世界全体で見た時、「人類にとって未知なるもの」と違うわけね。俺達はやっぱり人類にとって未知なるものを目指しながらも、個人の未知なるレベルで満足してはいけない、という事、なんだと思うのね。
K:はい。
土屋さん:個人の未知なるもので満足するんだったら、世界を放浪すればいい話で、それじゃないんだ、探検は。やっぱりそうは言ってもまだ地球上の中に日本人が、あまり行った事がなくて、知られていない村ってあるわけ。それはラダックのザンスカールへ行ったら全部の村がそうなんだけれど、その中でどういう村を選んで彼らの生活がどう成り立っているのか、勿論自給自足なんだけれど、それを記録する事によって、1つのチベット社会の典型を見ようという事なわけだ。そこ迄その当時分かったかは別にして、方法論的にはそういう事なので、誰もがやっていない、そこはね。だから誰もやっていない事をやるという事が探検部の大前提だよね。川下りにしてもそう。
K:でもそうするとスコッチ文化研究所を立ち上げられた時にも、流れを戻しますけれど、どなたもされていない事でいらっしゃいますものね?
土屋さん:ウイスキー、シングルモルトに出合った時もそうだったね。色んなものに出合ってきたけど、シングルモルトに出合ったのは今からもう20年前でしょ。その時に初めてエジンバラに招待されたのが、88年かな、その時にエジンバラ政府観光局のアリス・ウッドって、今も覚えているけど、当時日本はバブルの頃でイギリスは逆にサッチャー政権の末期でドン底の経済状態で連日ロンドンの金融街のシティが、日本の企業に買収されています、みたいな。野村証券だったりだとか、最後にバブル紳士と言われた歌手の千 昌夫さんが1千億でロンドンの有名なノーザンレイルウェイのステイションホテルを買収したり、和歌山のある会社が、今ロンドンアイという観覧車が建っているね、あれはロンドン市庁舎なんだけど、それを一千五百億で買収したりとか、そういうニュースが毎日の様にイギリスのテレビや新聞を賑わせている頃でさ、俺はイギリスにいたから、日本のバブルの事は全く分からなかったんだけれど、スコットランド観光局は「是非金持ちの日本人にスコットランドへ来て欲しい」と(笑)。
K:ええ。
土屋さん:俺達はロンドンで月刊誌を作っていたから、「是非エジンバラに招待するから、エジンバラ、スコットランドを特集してくれ」と招待されて言われたのが、「日本の方はゴルフが好きでゴルフをやる事は知っていますが、ウイスキーを飲まれますか?」と言うから、「いや、飲みますよ、日本でスコッチウイスキーは人気ですよ。」と言ったら、「土屋さん、シングルモルトは知っていますか?」と言われて、「シングルモルトは知らない」と言ったら、「是非シングルモルトをエジンバラにいる間に飲んで、紹介して下さい、日本人に。」と言われたんだよ。
K:はい。
土屋さん:シングルモルトをアリスさんに連れられて、エジンバラのパブをはしごしながら、飲んだわけだね。飲んだけれども、その時の何を飲んだか記憶にないんだけど。
K:その時はストレートですか?
土屋さん:まあ、ストレートだね。で、何を飲んだか全然記憶にない。ただ当時グレンフィディックがシングルモルトだという事は何となく、元々飲み始めた時グレンフィディックがシングルモルトだと知らずに飲んでいたんだけれど、ま、さすがにイギリスにいてグレンフィディックがシングルモルトだという事位は分かるけれども、それ以外全然知らない。こんなにシングルモルトはあるのって、それでも20種類位だったかな、当時のエジンバラに。それを飲んでロンドンに戻って、で、当然招待されて行ったわけだから「エジンバラ特集」をやらなきゃいけない。
K:はい。
土屋さん: 「エジンバラ特集」は簡単に出来たの。なんだけれども、「シングルモルト特集」をやろうって雑誌で企画をしたんだけれども、その雑誌ってライターって俺しかいないから、俺が書くしかない。
最初は高を括っていたわけだ。「シングルモルト」って俺が知らないだけで、多分ロンドンの本屋に行くとシングルモルトの本がいっぱいあって、それを見れば良いかなと。英語は聞いても分からないけれど、読む方ならさ、それを読んで知識を入れて原稿書けばいいかなと思って、ある日しょうがなく本屋に行って、シングルモルトが置かれていると思われるコーナーへ行って見たらないんだよ。そもそもウイスキーという本がないんだよ(笑)。
で、書店員に「シングルモルトの本は出てないの?」と聞いたら、「そんなもんはありません」と言われて。
K:ええ。
土屋さん:実際は「ありません」ではなくて、実際1~2冊出ていたんだけれど、ほとんど知られていなくて、それで結局、はたと困ってしまったわけだよ。
K:はい、そうですよね。
土屋さん:一体どうしたらいいと。原稿書くにもシングルモルトが分からないんだから。それで、困って当時頼ったのが、ニッカウヰスキーの駐在の原さんなんだよ。
K:原さん?
土屋さん:もう亡くなってしまったけれど。89年にロンドンのニッカの駐在事務所には1人しかいないんだけれど、原さんのオフィスを訪ねて、原さんに「シングルモルトって知りませんか?」と言ったら、「あ、丁度僕らもやっているところだから、僕の知っている事は教えますよ。」って。で、原さんの所で何時間か話を聞いて、なんとなくおぼろげながら「そういう事だったのか」という事が分かって。
で、やっぱり聞いたら「文献なんてない」と言われて、そりゃそうだよね、89年位にシングルモルトっていうのが、イギリスで何となく認知され始めた、当時はUDといった※ユナイテッドディスティラーズが、「クラシックモルト」を出したのが、88年なわけだから。
K:はい。
土屋さん:だからその頃からようやく「シングルモルトって何?」って皆が思い始めたわけだよ。
K:それは、どちらの皆ですか?
土屋さん:いや、ロンドンにいるお酒のジャーナリストを含めてさ。(5へ続く) (3へ戻る)
※現在のUDV社の前身で、かつてはスコットランドの半数近い蒸留所を所有していた。1997年にIDV社と合併してUDV(ユナイデッド・ディスティラーズ・アンド・ヴィントナーズ)社となり、その後ディアジオ社となった。(「シングルモルトウイスキー大全 土屋 守」 より引用)
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